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狭名田の長田伝説
 狭名田の長田は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)がはじめて水稲を作られた田であると云い伝えられ、日本最古の水田であるといわれています。

 木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)をお生みになったときに狭名田と名付けたと云われます。

 島津斉彬のころ、この地に田の神が建立されましたが、大正4年、村人たちによって「狭名田の跡」という石碑が建てられました。昭和4年、「霧島神宮の神田として永く保存されることになりましたが、21年の農地法によって一時は民有地になっていました。しかし、平成8年に神宮の神田として再び保存されるようになりました。

 狭名田の跡付近一帯を狭名田の長田といいます。神代の昔、ここにはじめて稲をまき彦火火出見尊がお生まれになった時、その新穀をとり祝ったともいわれています。また、母乳が足りなかったので、甘酒を作って育てられたとも云われています。