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天孫降臨伝説
 昔、昔、その大昔、まだ天地がはじめてできたころ、 高天原に天之御中主神 (アメノミナカヌシノカミ)、次に高御産巣日神 (タカミムスビノカミ)、次に神産巣日神 (カミムスビノカミ)がおられました。それから七代の末に伊弉諾命(イザナギノミコト)、伊弉冉命(イザナミノミコト)の二柱の神様が出ておいでになりました。この二柱の神様が大八州(今の日本の国土)をおつくりになり、山川草木その他もろもろのものを司る神々をお産みになり、最後は天照大神(アマテラスオオミカミ)、月読命(ツキヨミノミコト)、素戔男命 (スサノオノミコト)の三柱の神様をお産みになりました。

 この天照大神(アマテラスオオミカミ)は女神であり、徳の高い神様でした。天照大神(アマテラスオオミカミ)は、高天原を治め、月読命(ツキヨミノミコト)は夜の食国を、素戔男命 (スサノオノミコト)は海原を治めるようにと、それぞれ分担されました。

 素戔男命 (スサノオノミコト)は大変勇ましい神様でした。ある時、高天原を治めている天照大神(アマテラスオオミカミ)に大変な乱暴をされたので、 天照大神(アマテラスオオミカミ)はとうとうがまんできずに立腹されて、天の岩戸に閉じこもってしまわれました。ところが、高天原は暗黒になってしまい、色々な災いが起こりました。そこで、八百萬の神々は、どうしてももう一度、天照大神(アマテラスオオミカミ)に出てもらわなければいけないと、いろいろ相談をされました。そして、天の岩屋の前でにぎやかな神集いをされ、天照大神(アマテラスオオミカミ)は再び高天原を治めるようになりました。高天原は、もとどおり明るい平和な所になりました。

 平和になった高天原の天照大神(アマテラスオオミカミ)は、御孫の瓊瓊杵尊(二ニギノミコト)が成長されたので、豊葦原の中つ国におつかわしになることになりました。豊葦原の中つ国が、日本の古い名だと言われています。
 瓊瓊杵尊(二ニギノミコト)は、天児屋命(アメノコヤネノミコト)、天太玉命(アメノフトダマノミコト)やその他多くの神々と共に高天原から豊葦原の中つ国に降りてこられました。そしてお降りになったので高千穂だというのです。これが天孫降臨の神話です。