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建造物工芸品
霧島神宮   龍泉寺   霧島神宮古宮址   九面


霧島神宮

 霧島神宮は、平成元年5月19日、国の重要文化財に指定されています。
 旧記によりますと、神宮は、第29代欽明天皇の御代(約1460年)慶胤という僧が、高千穂峯と火常峯(現御鉢)との中間の背門丘(せおと)に、社殿を奉斎(つつしんでお祭りすること)されたのが初めてであるといわれます。しかし、この社殿も霧島山の噴火のために焼けてしまいました。

 永い年月を経た跡、天暦年間に性空上人が高千穂河原瀬多尾越に社殿を再興奉遷(御神体をお移しすること) しかしたが、文暦元年の大噴火で神殿、僧坊等、全て消失してしまいました。それから田口の待世(現在の霧島中学校の所)の行宮に奉斎されました。
 その後、250年経って1484年(文明16年)層兼慶が藩主の島津忠昌公の命を受けて再興したのが現在の御社地です。 この後、火事で全焼の災にあわれましたが、1715年(中御門天皇、正徳5年)時の藩主島津吉貴公の寄進によって建てられたのが現在の御社殿です。
 本殿には、ニニギノミコト以下七柱をお祀りしてあります。絢爛たる朱塗の本殿、拝殿、登廊下、勅使殿等、その配置の妙を得て宏大で壮麗な美しさです。 平成元年5月、国の重要文化財の指定を受けました。