復活の経緯    復活の経過 各座の紹介

復活の経過

平成8年4月〜5月
町民ふれあい対話(各自治公民舘)の中 で霧島神楽の復活について説明して理解 をいただく。

平成8年7月
町内入水の馬場実篤氏から、170年前(文政10年)の神楽の縁起(古文書)を借用する。

平成8年8月
霧島神楽の振付指導に花柳瀧師匠を依頼 する。実施調査のため来町してくださる。
(永田明子先生同道)

平成8年9月
囃子の指導に中村壽摂師匠を依頼する。

平成8年10月
町民ふれあい体育祭で中江岩戸神楽(熊本県波野村)を公演。

平成8年11月
町社会教育委員、地区公民館長の合同研 修で中江岩戸神楽(熊本県波野村)を視 察。

平成8年11月
神奈川県相模原市の神代神楽を花柳瀧蔵師匠、吉村町長、峯崎数育長実地調査。

平成8年12月
築1回霧島神楽推進委員会開催


平成8年5月 町民ふれあい対話

平成8年8月 花柳師匠と打ち合わせ
               (霧島神宮)

平成8年12月
霧島神楽舞手(囃子)募集開始

平成9年1月
第1回霧島神楽実行委員会開催

平成9年1月
霧島神楽舞手(囃子)50名応募があり、
説明会を開催。

平成9年2月
基本練習開始

平成9年5月
NHK生放送出演 (神前舞、神話の里公園)

平成9年5月
神楽橋完成式で神前舞を披露。


平成9年2月から9月まで毎月10日間ぐら いずつ
練習
(指導:花柳瀧頑師匠・中村壽摂師匠)

冬の寒い夜、あるいは真夏の夜、毎晩3時間の練習。
時には叱正に耐えながら、み んなで励まし合いながら
懸命に練習に取り組まれた。


平成9年6月
神楽面の購入打ち合わせ(島根県浜田市)        
吉村町長、峯崎教育長


基本練習・舞手 (母子センター)

基本練習・囃子手(中央公民館)

集中練習・舞手(中央公民館)

平成9年7月〜9月
衣装は京都で生地を買い、仕立ては公募で集まった町内の主婦による手作り。
短期間の間に、数十着もの衣装を縫い上 げるということはなみたいていのことで はない。
しかも金襴緞子などごわごわとした生地である。
神楽衣装づくりは初め ての方ばかりであり、試行錯誤を繰り返 しながら昼夜におよぶご尽力をいただき 9月上旬に完成した。


平成9年9月
9月23日、霧島神宮の神前で霧島神楽六座を奉納。
(以後、毎年秋分の日に奉納)


平成9年10月
10月10日、町民ふれあい体育祭で町民へ の初披露。約2600人の奉加者が鑑賞。
また、花柳、中村両師匠に感謝状を贈呈。



町民ふれあい体育祭で初披露


平成9年11月
霧島神楽振興会準備委員会発足


平成9年12月
霧島神楽振興会を発足
会長に吉村町長を選出


約2ヶ月で衣装を製作完成(役場和室)

霧島神宮へ奉納

花柳瀧蔵氏

中村壽摂氏

平成9年12月
霧島国際音楽ホール(みやまコンセール) で公演し好評を得る。

平成10年1月
鹿児島県観光連盟新年互礼会
(城山観光 ホテル)で公演。
須賀知事や県内の観光関係者に好評を得る。

平成10年2月
宮崎県高千穂町へ研修視察。
振興会員約 40名が参加。

平成10年3月
霧島神楽後援会の準備を始める。

平成10年6月
第1回南九州神楽まつりの実行委員会を開催。
実行委員長に峯崎隆男教育長を選 出。

平成10年8月
8月29日、第1回南九州神楽まつりを開催。
県内及び宮崎県の神楽を招待して競演。観衆約3000人。スタッフとして約 100名が協力。

平成11年3月
第7座「長田の五穀舞」と8座「海幸山幸」 の復活に着手。


みやまコンセール

次のページへ